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クラークスの歴史

OUR HISTORY/クラークスの歴史

SHOEMAKERS SINCE 1825 / 1825年から続くシューメーカー

クラークスのストーリーは、およそ200年前にサイラスとジェームスというクラーク兄弟が作ったシープスキンのスリッパから始まります。当時としては画期的だった発明と職人技の組み合わせは、今日に至るまでクラークスの靴づくりの本質となっています。そして今も変わらず、クラークスの全てのシューズはシデの木材から手作業で削り出した木型から作られています。高度な製造技術やテクノロジー、そして最新の素材に支えられながら現代に合った完璧なシューズを生み出しているのです。

稀なるスリッパがクラークスの原点だった。

1825年、日本では江戸時代の頃にこの偉大なる歴史は始まりました。イングランドの南西部、豊かな田園風景の中にある町『ストリート』に住んでいたサイラスとジェームスの兄弟が、小さなスリッパの製造会社を作ったことがから全ての物語が始まったのです。

それまで弟ジェームスは、兄サイラスのシープスキンのラグ作りを手伝っていましたが、ある日「このシープスキンを使って毛がついたままのスリッパを作ったらどんなに気持ちいいことだろう」と考えました。そしてそれを何とか形にするために自分で革をカッティングして、町の靴職人に縫い合わせてもらったのです。こうしてでき上がった稀なるスリッパは、あまりにも履き心地がよく、アッという間に大評判になりました。
これがクラークスの第一号だったのです。
そして兄弟はこのスリッパの本格的な製造のためにお互いの頭文字を取ったC&Jクラークを創立して、ここから200年あまりにもおよぶ長い歴史を歩み始めました。
設立当時はスリッパを作っていましたが、その後靴メーカーとして成長。世界に先駆けてアッパーとソールを縫い合わせるミシンの開発や、ソールカットマシンの開発、防水革靴の商品化など、現代の靴産業に大きく貢献する数々の技術を開発し、徐々に頭角をあらわしていったのです。
そして以降、シューズに関してはつねに世界をリードするメーカーとしてその確かなる地位を確立することになったのでした。

History年表

1825クラークス社誕生

イングランド南西部の市街地。その小さな町に住むクラーク兄弟、サイラスとジェームスが始めた小さな靴工場からクラークスの歴史はスタートしました。
ボアのついたシープスキンを使った当時としてはとても奇抜なスリッパを発案。これが驚くほどに履きやすく、またたく間に大評判となりました。そして兄弟は本格的にこのスリッパの製造に踏みきっていったのです。

クラークス社誕生

1856靴専用のミシンを開発

世界の靴メーカーに先がけ、
アッパーとソールを接合するためのミシンを開発しました。

靴専用のミシンを開発

1862ソールカットマシンの稼働

クラークス社が発明したソールカットマシンは、
人の手だけで作っていた時代にとても画期的な発明品でした。

ソールカットマシンの稼働

1883当時の女性ブーツのポスター

右は靴による足の変形図。左はクラークス社開発の木型。
当時から靴づくりにおいて、「足の健康」を最優先させていました。

当時の女性ブーツのポスター

1913

防水加工の革靴を商品化

防水加工の革靴を商品化

1950デザートブーツ販売開始

当初は「こんな風変りなものが売れるはずがない」と大変低い評価でしたが、
販売後はあっという間に人気商品となりました。
そして世界のカジュアルシューズの原点となったのです。

デザートブーツ販売開始

1964デザートブーツ日本に登場

デザートブーツ日本に登場

この靴の生みの親はクラーク家の4代目、ネーサンクラークです。そしてこの靴が生まれた背景には、
こんなストーリーがありました。
そもそもデザートブーツのアイデアの原点は、第二次世界大戦のさなかまでさかのぼります。
ネーサンクラークがビルマ駐屯の陸軍兵士をしていたある日、友人からカイロのバザールでつくらせたという靴を見せもらいました。それはじつに柔らかい革で、なんとも履きやすい靴でした。ネーサンクラークは終戦後イギリスに戻ってから、その時に覚えていたことを形にして靴を作ったのです。
当時の靴といえば兵士は軍から支給されるアーミーシューズか、あるいは革でできたインド風のプシタールサンダルが主流でした。街の人々もドレスシューズか作業靴しか持っておらず、中間のカジュアルシューズという概念は全くありませんでした。
そのためデザートブーツは「こんな風変わりなものが売れるはずがない」と周囲から一笑に付されていました。
ネーサンクラークはまずはオーストラリアでのライセンス生産からスタート。それがアメリカでヒットしてイギリスに逆輸入というかたちで受け入れられ、そして世界中の人々に広がっていきました。
「結果的にデザートブーツの登場は、これまでになかったカジュアルシューズというカテゴリーを確立させた世界のシューズ界にとって画期的なものとなった」とネーサンクラークは語っています。

1971ワラビー日本に登場

ワラビーは、1枚革が足を左右からすっぽりと包みこみ保護します。今ではデザートブーツに次いで世界の定番となっているワラビーですが、当初の輸入量はわずか40足たらずでした。

ワラビー日本に登場

1972デザートトレック

センターシームの独得なデザインは、一目見れば忘れない
ユニークで個性的なフォルムです。

デザートトレック

1980ナタリー

つま先からかかとまで、ぐるりとラバーソールで包みこみ、
包容力に富んでいます。

ナタリー

現在デザートブーツ1500万足突破

カジュアルシューズの原点となるデザートブーツは世界中の人々に愛され、
その販売実績がとうとう全世界で1500万足を超えました。

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